何のために生きている?

と問われれば、もっと幸せな人間社会が見たいから

4月28日のブログ その②

霊園に戻ってきました。

園内をそぞろ歩き

 

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いくらの~んびり歩いていても墓石は文句を言わない。気持ちのいいものです。
ただ、犬を連れて散歩している人たちの中にはちょっと私を気にする人がいるようですけどね。

(・・・というより「犬」の中に気にしているのがいる?わたしは犬にも怪しまれやすいようで、よく吠えられるんです(笑))

 

おっ、オスらしく体格のいいオス猫ちゃん!いい場所に座っています。少しの間目を合わせたあと、

「そのままねー、ポーズをとって、はいパシャッ!」

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いいポーズなのですが、わたしの腕が悪くて、小さくしか写せませんでした(笑)

東京は山吹の」季節です

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左は霊園内でひっそり咲いていた山吹の花。左は来る途中で見た廃屋から顔を出していた山吹。なんだか兄弟のよう。

 

足取りも軽く歩いていると、突然、すぐ横でカラスが「カァー!」

一瞬、「ホイ」と返事をしてしまいました(びっくりして)

見れば、横っちょの大き目のお墓の上にカラスが一羽!べつのもう一羽のカラスも飛んで来ました。

 

あまりにも距離が近いので、まともには視線をあわせず、横目で見ていると、最初のカラスがお墓の上にあるものを、食べるようなこねくり回すような仕草。

よく見れば、それはカラスのフンのようでした。

 

どうしてそんなことをしているのかわからないまま、そこを通りすぎると、フンをこねくり回していたカラスが今度はわたしの行く方向の木の上にとまって、羽を小刻みにパサパサさせて音を出している。

挙動不審?「ヘンなカラスだなあ」とは思ったものの、気にせずにそこを通過。

 

ちょっと痩せていたカラスだったので、かわいそうだな、と思った程度。

以前、傷ついたカラスの面倒を見て以来、わたしに敵対的な様子を見せるカラスはいなくなっているんですよね。これは案外不思議。カラスのネットワークみたいなものでもあるのかな?

f:id:hibi333zakkan:20180428220841j:plain霊園内のベンチに座って休息

曇天でしたが、気分が晴れ晴れとしてきます

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と、犬を連れた40歳代とおぼしき女性が、わたしのほうをじーっと見ている。犬も見ている。

よほどヘンな奴とでも見えたのか、かなりの間見ている。

「いや、たまらんなあ・・・」

あっちに行って、と思うのだが、行ってくれない。

いいかげん不愉快な気分になっていると、

わたしと犬を連れた女性の間の植え込みの中で「バサッ」と大きな音が!

犬はわたしと植え込みを交互に見ていたが、あわてたように飼い主を引っぱって去っていった。

わたしはイヤな緊張感が解けて「ホッ」

見ると、植え込みの向こうに、ゆっくりと歩いて去っていく一匹のオスのトラ猫が・・・

 

「ありがとうよ」

わたしが小さな声で礼を言ったが、猫は斜め上に立てた尻尾を揺らしながら、ふり返ることもなく悠然と去って行きました・・・

(ネコの江戸っ子といった風情でしたよ。それにしても、どうしてあんなに大きな音が出せたんだろう?)

 

これ、ほんとうの話ですよ。

 

猫といえば、去年の4月、桜が満開のときにわたしはこの霊園に来たのですが、そのとき、とても愛想のいい猫がいて、いまでも元気かどうか気になっていたのです。

「野良だからなあ・・・生きていればいいけれど・・・」

そう思って霊園内を歩いていました。

「性格も愛想もいい猫だったのに。いまはもういないか?」

そう思って、霊園の入り口と反対側の出口に向かって歩いていると、いた!!

f:id:hibi333zakkan:20180428224438j:plain少し“年増”になった感じですけど、まぎれもなくあのときのネコちゃんでした!

最後の最後に姿を現してくれました!

霊園内のネコがわたしにフレンドリーだったのは、このネコちゃんが

「あの人はいい人だよ」くらいの情報を流してくれていたのかも・・・

 

これで気分は100点満点!

 

出口で、墓場に向かい、手を合わせて(仏教徒のお墓がほとんどでしたので)“ナムシャカムニブツ”と三度唱えて、頭を下げて感謝。

 

フェンスで囲われた出口を出ると、そこはもう都会の街。

しかし、商店街を歩いていても、不思議に人々の態度が柔らかく感じました。なんだか街が優しい。

・・・・やはり、これ、自分の気持ちの持ちようなんですねえ。

街がとげとげしく感じるのは自分の気持ちにも問題があるということなんですよね。

 

とにかく、ネコとカラスにそこはかとなく癒やされました。

 

しかし、

心地よく疲れて、自分の部屋に帰って、ごろりと横になって今日一日のことを思い返していると・・・

あっ!あのお地蔵さんのフン・・・・・・ひょっとして、あいつら?!(笑)

 

ともあれ、元気をもらったので、5月3日の護憲集会には必ず行きます!

人間も動物も、“平和的生存権”がいちばん!

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「どこまで続く闇、ぬかるみぞ」

(26日の日記)

 

で、「鬱々として楽しまず」。

 

・・・たまらんなあ・・・。

 

とまあ、こんな閉塞した気分のときは散歩で気分を変えるにシクナシ。

ということで、27日は半分ピクニックのようなロング散歩に行ってきました。

行き先は有名人なんかも多く眠ることで知られている大きな霊園。日本古来の言葉

で言えば、墓場です。

 

昼過ぎに出発。目的地まで、てくてく。それなりの距離です。

途中、いろんな人とすれ違ったりするわけですが、何人かの人から胡散臭げな視線を送られたり、交番の前を通るとお巡りさんから「じーっ」と見られたり、なんだかプレッシャーがきつい。わたしの被害妄想かもしれないんですけどね。

 

とくに小さな子どもを連れたり、自転車に子どもを乗っけている若いお母さんがたの視線が鋭い。

 

なんだかいやになってくる。こういうのんびり歩きをしているときのわたしはどうも、相当アヤシイ奴に見えるらしい。

 

「もう結構なトシなんだから緩(ゆる)めてよー」

と思うんですよね。どうもわたしは一見、相当若く見えるらしい。

道で出会う人たちなんて相手をよく見ているわけではないですからね。わたしなんかはぱっと見、20歳くらいは若く見られることがあるようで、以前、初対面の人から若造扱いされたこともあったくらいなんです。

 

多くの人は若く見られるとうれしいようですが、わたしみたいにぱっと見と、実際の年齢・行動が釣り合わないというのも困りものなのです。

まだ若い者が、年寄りのようにふらふら歩いていたら?・・・そりゃ、怪しいですわな。

 

「わしは目も耳も口も(?)悪い正真正銘の年寄りじゃー」

と叫びたくなる。

 

と、ともあれ、こんな境遇のわたしは、近代的なマンション群を見上げて歩いていても、ちっとも楽しくなくて疲労感が増すばかり。

しかし、途中でこんな廃屋が残っていたりすると

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なぜか、ほっとします。都内のささやかな「廃墟」。ひとつの「滅び」のあとの安らぎ?いまのわたしはどうやら、こういうものを求めているよう。

 

それでも、霊園までの道のりはきびしいものでした(笑)

  f:id:hibi333zakkan:20180428202244j:plainやっと霊園に到着。

やはり、それまでとは違った世界。一気に心が落ち着きます。

でも、やはり人間世界。入り口にこんな看板が

f:id:hibi333zakkan:20180428203058j:plain子孫がどこかに行っちゃったり(途絶えたり?)、お金がなくなるとお墓も追い出されちゃうんですね。なかなか永眠の地とはいかないようで・・・

 

とりあえず、ここにはまたあとで来るとして、霊園を「横断」、坂を下って、道一本隔てたお寺の墓地へ。

ここはわたしがファンである小説家さんのお墓があるんですよね。

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芥川龍之介さんのお墓です。右の写真の花と、(よく見えないと思いますが)お菓子は年若いファンがもってきたものでしょうか?以前きたときは手製のカッパのぬいぐるみがおいてありました。

中・高校生くらいの若い人がよく訪れるようです。

わたしは、「先生の書かれた「将軍」をこれから読み返そうと思っています」と心に思って、軽く手を合わせました。

近くには司馬江漢さんのお墓も

f:id:hibi333zakkan:20180428205316j:plain江戸時代の有名な画家さんですが、作風同様、お墓もどことなくモダンな感じがします。

 

古いお墓を「整理?」している場所に立っていた古いお地蔵さん

f:id:hibi333zakkan:20180428205406j:plainよく見れば、カラスのフンが・・・

こらあ!!カラス!

 

今回②に続きます

 

 



 

 

 

 

このところ国会議員さんや官僚さんの

セクハラ問題や、セックススキャンダルが続いていますが、その中で異彩を放ったのが、米山新潟県知事の「援交」辞任でした。

 

この「援交」スキャンダルはお仲間ブログの「osantati12345われら庶民主義」で連続して触れられていて、「事件」そのものに対する「疑惑」の追及についてはそちらを「ぜひ」読んでください。

 

米山知事に関してわたしが注目したのは、このtwitter

→《政治家たちがずっと禁欲しているとも思わないので、

 きっと口が堅い要人専用のデートクラブとかがあって、肉屋の息子で勉強ができた

 だけの米山知事はそういう人脈を教えてもらえずにふつうに出会いアプリ使って終了

 したのでは》

 

この件では、米山知事の対女性関係における「拙(つたな)さ」が話題になりました。

“女性とうまくつきあえない”“援交の女子大生が好きだった”“相手に好きになってもらいたくてお金を多めに渡した”など、非モテキャラ全開で、記者会見を見ていた人たちを半ば唖然とさせました。

 

東京大学医学部卒、ハーバード大学付属病院勤務、さらには司法試験に合格して弁護士資格まで持っているという“スーパーエリート”が、なぜ?

というのが、会見を見ていた多くの人の感想であり疑問でしょう。

 

だいたい、異性とのお付き合いが苦手という人は心の奥底に劣等感を潜ませていることが多いものです。

 

しかし、東京大学医学部・医師・弁護士というスーパーエリートにどんな劣等感が?と考えたとき、ヒントが上記のtwitterにありました。

ズバリこの部分

→「肉屋の息子で勉強ができただけの・・・・」

 

その肉屋さんも、大きな店ではなく、こじんまりとした普通のお店のようです。

つまり、超スーパーエリート=米山氏は庶民の出自だったのです。

 

「庶民の出だというのが劣等感になるのかよ?」

と言われそうですが、庶民=お金持ち、とはいえないですよね。

 

しかし、日本社会は上層にいけばいくほどお金持ちの世界です。

そしていまの世の中でお金持ちといえばそのほとんどが親の代から、あるいは先祖代々の金持ちです。

また、「上流階級」にいくと「名門(親や先祖がエライ人)」出身者が幅をきかせます。

 

そういう社会で、勉強は抜群にできるが、実家は庶民(あるいは貧しい)という人にはそれが劣等感として心のこだわりになっちゃうということもありうるんじゃないでしょうか?

(あと、スーパーエリートらしからぬ、お人よし的なたれ目の庶民的な風貌が女性からパッと見的な興味を引かなかった、ということもあるかもしれないですが、まァそれはさておいて(笑))

 

50歳で独身・・・。運命的に縁遠いタイプでもあったんでしょうね。

人間、誰しも弱点はあるものです。

 

わたしは男女関係は相性につきる、と思っているのですが、それ以上にモノをいうのがカネなんですよね。

 

実家が貧乏、というのは人間にとってけっこう劣等感の種になるものです。やりきれないけど。

格差社会から階級社会に移行しているという現代日本社会では、上昇志向の強い人ほどそういった劣等感にとらわれる、ということがあるんじゃあないでしょうか?

 

ぶっちゃけて言いますとね、生まれつきのお金持ちの息子だと、援交女性に対して「(裏切られているのに)好きになってほしかった」なんて言いもしないし考えもしないですよ。

 

その差・・・、「やっぱり世の中はお金がすべて」ということになってしまうんですよね。

たぶん米山知事はお金儲け(=大金を稼ぐ)も下手だったんじゃないかと想像します。金儲けの上手な者は女性をゲットするのもうまい。

「カネ」と「女」はついてまわる、といった人たちですね。

 

いくら勉強ができようが、いくらいい仕事ができようが、いくら人間的に立派な人であろうが、

「カネ」と「女」は別なんですよねえ。

むしろ「悪党」にそういったものがついて行くのが、この世の中というものなのです。

 

それが人生の結論か・・・、と考えれば空しいですけどね。

 

でも、案外わたしはそういう「世界」をバカにしたところがある(笑)そのあたりがわたしが「変わり者」である原因のひとつなのかもしれませんがね。

 

カネでは本当の愛は買えない、というのがね、ひそかな確信なんですよ。

「愛」ってのは男女の関係だけではありません。自分がほんとうにやりたいことに対する「愛」なんてのもあっていいんじゃないですか?(わたしには無理だけど)理想に殉ずる「愛」を貫ける人もいるでしょう。

 

あの米山知事の会見でわたしが唯一の救いと受け取ったのは、知事が自分の「使命」が果たせなかった、と涙ぐんだところです。

その気持ちですよ!

 

男女関係なんて無理をしてどうこうできるものではありません。

それはほとんど自然の流れ、運命、縁のものですよ。ダメなものに執着しても仕方がない。

「劣等感」や「見栄」のからむ男女関係も本物ではありません。

 

「わりきった」お付き合いに徹するなら、それはそれでいいと思うんですけどね(笑)

成り行きもまた運。良い関係を続ける努力が続けば、いい結果も期待できるのでは?

 

と、なんか、今回はグダグダになりましたが、新潟の柏崎刈羽原発、またなんとか再稼動慎重派が当選するよう、米山知事にもご努力のほど、よろしくお願いしますよ!

ということで・・・

                     

 

東京はきょう一日中雨みたいです

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うららかな陽ざしのそそぐいい季節

ですね。

窓から見る街の景色も青空ものんびり柔らかな印象です

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しかし、この国の政治は大きな転換点にあって、国会周辺や全国の町々で多くの市民が、再び日本がおかしな方向に行かないよう、必死に声を上げ続けています。

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とにかく、今は護憲、憲法を守る。それしかない、というのがすべての声をあげる市民共通の思いでしょう。「人権」「平和主義」「民主主義」を守るんだ、と。

 

ところで最近、戦前の右翼関係の本を読んでいてわかったのですが、いまの「護憲」運動のルーツをたどると、幕末の「尊王攘夷」運動に行きつくんですよね。

 

尊王攘夷」と「(日本国憲法の)護憲」がどう結びつくのか?意外といえば意外ですけど、この国の歴史から見ると、現在の(自民・維新などの改憲に対する)護憲運動は、幕末の尊王攘夷運動からの流れとして位置づけられるんですよ。

 

ちょっと、この「流れ」上にいる過去の人物をあげてみると、

西郷隆盛板垣退助中江兆民頭山満犬養毅北一輝大川周明などの人がいます。

こうして見るとほんとんど「右翼」系統の人たちのように見えますが、戦前の右翼と戦後の「右翼」はまったくの別物なので、偏見は捨ててください。

 

戦前の(正当派)右翼運動は、いまの「自民党改憲」と「護憲」だと、まず間違いなく「護憲」の側につきます。

なぜなら現行の日本国憲法自由民権運動を踏まえて作られた憲法だからです。そして、戦前の右翼思想・運動は自由民権運動から出たものなのです。

 

たとえば、戦前の右翼運動の中心人物は、といえば、まず第一に来るのは頭山満(とうやまみつる)でしょう。

この人が戦前右翼の始祖みたいなもんです。

 

頭山満西郷隆盛派で、西南戦争には獄中にあったため参加できず、けっきょくそのおかげで命が失われずに済んだという人物です。この人の仲間はすべて戦闘で死ぬか処刑されています。

 

西南戦争後、出獄した頭山満板垣退助に会いに行きます。西郷隆盛なき後、板垣退助の下で戦おうと考えたからです。

 

そのとき、板垣から、「武力闘争の時代は終わった」と諭され、土佐の「立志社」にならって福岡で右翼結社=「玄洋社」を結成します。

このとき頭山は土佐から植木枝盛を招聘。植木は福岡で何回も演説会を開いています。

この植木枝盛の書いた憲法原案がいまの日本国憲法の下敷きになったことは有名な話ですよね。

 

ちなみに、この右翼結社=玄洋社の「三条の憲則」は以下のようなものです。

→ 第一条  皇室を敬戴(けいたい)すべし

  第二条  本国を敬重(けいちょう)すべし

  第三条  人民の権利を固守すべし

 

ここに尊王攘夷運動自由民権運動→(戦前の)右翼運動、の流れをはっきり見ることができるわけですよ。

自由民権運動もその本質はナショナリズムです。

板垣らの自由民権運動の考え方というのは、立憲主義による民主制こそが天皇制を永続させるための唯一の道、というものだったのです。

 

その「敵」こそが藩閥政治に基づく有司専制=官僚制なのです。

藩閥政治による政・官・財。それが利益共同体を形成し、階級をつくり、搾取・抑圧を通じて人民を苦しめる。彼らが支配層として天皇を利用して人民の上に君臨する。

 

これこそが、天皇制と国を滅亡させるものだ、というのが、板垣ら自由民権運動の考え方だったのです。

 

「西郷」「板垣(自由民権運動)」「(戦前の)右翼運動」、そして「天皇制」においてまったく意見を異にしますが、「戦前の社会主義・無政府主義運動」、の共通の敵が、藩閥有司(官僚)専制体制だったのです。

 

この(専制)体制が戦後もそのまま続いているわけで、再び「利益」の独占体制が出来上がり、民主主義体制(憲法)が大きく破壊されつつあるんですよね。

 

こうして見ると、現在の「改憲」と「護憲」の対立が、いまに始まったものではなく、歴史の上に位置づけられるものである、ということがわかると思います。

 

このことに関しては、まだまだ言うべきことが多々あるのですが、とりあえず、われわれ日本に住む99%の人民は、民主主義に基づく日本国憲法を「改憲勢力」から死守すべきである、ということを、少しでも理解してもらえたら、と思います。

 

憲法改正は日本で「人権」「平和主義」「民主主義」がしっかり確立してからですよ。しっかりした原則の下で、「欠陥」部分(自民党などがいう欠陥ではない)を修正すればいいんですよ)

 

これも、いまの「改憲勢力」による支配の結果です

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桜の花が散ればツツジの季節。

わたしが子どもの頃住んでいた田舎も、この季節には山々が赤やピンクや白のツツジで彩られたものですよ。

 

わたしの家の裏山にもけっこうツツジが咲いていました。

誰が植えたというものでもなく、一株づつ点々と咲いているのですが、赤、ピンク、白すべてありました。

 

春の穏やかな太陽光線の下で見る野生のツツジというのは心を豊かにしてくれます。幼いころは、亡くなった母とツツジを見に、よく山に登ったものですが(とても低い山です)、ツツジとともに思い出す母の顔はいつも満面の笑顔でした。

 

東京で見るツツジは植え込みのものしかないですね。色はわたしが田舎で見ていたものと同じですが

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なぜか、花も木も弱々しい感じがします。

田舎で見ていた野生のツツジは花は上の写真のものより小ぶりですが、色がもっと鮮やかで濃く、木全体も生き生きとしていてたくましかった、ように思います。

「野生」と「家畜」の差、というんですかね・・・?

 

今日、歩道の並木で、桜の根元にツツジを植えているのを見ましたが

f:id:hibi333zakkan:20180418033336j:plainいいセンスですよね。

でも田舎育ちのわたしのこだわりは、あくまでも、桜は学校の運動場の周りなど、人の集まるところに植えられているもの、で、ツツジは山に咲いているものなのです(笑)

 

東京では人工的に植えられた花ばかりなので、花を見ても、なかなか「ほんとうに癒される」というところまではいきません。

花を植える人間のやさしさには、ホッとして、花を見ていてやさしい気持ちにはなれるんですけどね。

 

しかし、今のこの国で生きていると、ホッとできるのは一瞬で、生活のほとんどは厳しい現実で占められています。

 

とくに、「人間らしい生活」という観点から見ると、どうなんでしょうかね?みなさん、「人間として」満足すべき、あるいは「納得できる」(住、労働)環境、生活(日常の人間関係・趣味・自己実現的なこと、など)を送れているんでしょうか?

 

わたしは、日本の、とくに庶民階級は「苦しみ」過剰じゃないか?と思っているんですけどね。

 

日本はまだ「経済大国」のようですが、国連発表の「国民の幸福度」では、昨日の「日記」にも書いたとおり、今年(2018年)の世界ランキングで54位です。

 

そしてさらに、今の日本の支配者(政治家・官僚・経団連などの「財」)の皆さんは、経済格差を広げて「階級社会」を目指し、富を支配階級とその周囲だけに集めて、庶民を生活ぎりぎりの奴隷状態にして、「弱者」を「抹殺」しようとしているように見えます。

 

そして、この「日本人庶民奴隷化」政策は成功していて、若者を中心にこの「階級・奴隷」社会に順応していこうという姿勢が大勢となっているようです。

 

そして、自民党を中心とした支配階級はこの体制をより完全な固定化したものにすべく、「人権」「平和主義(平和に暮らす権利)」「民主主義」を廃棄しつつ、民主的憲法の改悪を目指している、といった状況ではないでしょうか?

 

(比喩的な言い方ですが)

自分たちと同じもの(同類のもの)が(役に立たなくなって?)屠殺されている横で、平気で草を食んでいるような状況は、悲しみを通り越して、空しさを感じさせます。

 

それでも、この国で庶民階級が、国を良くしていこう、もっと(みんなが)幸せな生活ができるように国を「チェンジ」して行こう、と思っても、なかなか難しい・・・

 

しかし、このあいだの国会前で見たように、市民としての自覚を持った、人間として一定のレベルに達している人たちも多いんですよ。

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「これから」、どうなるか?

まさに神のみぞ知る。

 

しかし、それを変えることができるのもわたしたち庶民次第なんですよ。

「他人任せ」にしていたらどうなるか?

痛いほどに日本人はそのことを思い知らされているわけですから。

 

「日記」ではないけど、「聖書」の言葉から。。。

旧約「ヨブ記」21(章)からの拾い書き

 

→〔なぜ、神に逆(さか)らう者が生き永(なが)らえ、歳(とし)を重ねてなお、力(ちから)を増し加えるのか〕

 

〔その家は平和で、何の恐れもなく、神の鞭(むち)が彼らに下ることはない〕~〔その子らは踊り跳(は)ね、~ 歌い ~ 楽しむ。

彼らは幸せに人生を送り、安らかに陰府(よみ)に赴(おもむ)く。〕

〔悪人が災いの日を免(まぬか)れ、怒りの日を逃(のが)れている ・・

誰が・・その歩んできた道を暴(あば)き、誰がその仕業(しわざ)を罰(ばっ)するだろうか。

彼は葬式の行列によって運ばれ、その墓には番人(ばんにん)も立ち

谷間(たにま)の土(つち)くれさえ彼には快(こころよ)さそうだ。

人はみな彼の後(あと)に続き、彼の前にも、人は数えきれない。

 

それなのに空(むな)しい言葉で

どのようにわたしを慰(なぐさ)めるつもりか〕

 

・・・旧約聖書中の「ヨブ記」というのは、ヨブという、まったく正しい信仰を持って実行している、「神」のお気に入りの人物を、悪魔が神の許しを得て、その「信仰」を試す、という物語で、

理不尽で悲惨な境遇に陥らされたヨブが発する「問い」の数々は、キリスト教にとっては大きな問題のようです。

 

わたしは無宗教者なんですが、こういった、「信仰を持ちつつ(あるいは正しいことを行いつつ)理不尽な境遇に陥った、ヨブの問いかけ」には心を惹かれます。

 

ただ、「難問」とされているこういった「問いかけ」を「無宗教者」(無神論者ではありません)として考えると、

・・・その「回答」は「歴史」のなかにあると思うんですよね。

 

西洋にしろ東洋にしろ、歴史の中で素晴らしい「思想」が現れ、それを実現しようとする人間の努力の積み重ねがあった。

その結果として、現在生きているわたしたちがいるんじゃあないでしょうか?

 

それは、「理不尽なもの」「残酷なもの」「不公正なもの」「野蛮なもの」などを克服しようとする、人間の「歴史」だったと思うんです。

だから「反動」というのは、「悪」なんですよ。

 

いまの日本国憲法の「前文」にも、そのことは書かれているのではないでしょうか?

 

 

ということで、「絶望」や「虚無感」に陥ることなく、少しでもこの国や社会、わたしたちの人生が良く(まともに)なるよう、自分のやれることをやっていきましょうよ。

「天は自ら助くる者を助く」という格言もありましたっけ ヽ(^-^)

 

日記が先になっちゃったけど(笑)きょう国会前集会に

行ってきました。(なぜ「(笑)」なのかは、「日記」を読んでいただければ察していただけると思います(笑))

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で、本日の0414「森友疑惑徹底究明・安倍内閣総辞職」を求める国会前集会の報告。

降りたのは営団国会議事堂前駅。懸念された警察の過剰警備はなく、駅構内にはお巡りさんの姿はありません。???トイレになぜか行列

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駅を出て国会前へ

f:id:hibi333zakkan:20180415052903j:plainみなさん歩いてます。

国会前はもう人で埋まっていて行けないということで、国会右前方にある公園に誘導されました。公園の中もあちらこちらに参加者が。みなさん、公園内の何ヶ所かに設置されたスピーカーで野党国会議員さんのスピーチを聞いています。公園内のトイレは行列ができていました。

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公園は柵で囲まれていて、柵の前は人がびっしり。まったく国会前の様子が見えないので、いったんもとに戻って外へ。

 

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国会前方の歩道はずっと先のほうまで人で埋まっていて身動きがとれないので、迂回して、国会の周りをうろうろ。

国会前の左右の歩道も人が一杯で同じ状況。国会の両横の歩道も人で埋まっているものの、ここらへんになると歩くのに“苦労”はしなくなります。

みんな、スピーカーから流れてくる野党の国会議員さんや学者さんのスピーチに耳を傾けています。

f:id:hibi333zakkan:20180415055642j:plain歩道に押し込められて、ほんとうに窮屈そう。

このころが人出のピークか?国会議員さんと学者さんのスピーチが終わると、年配の方を中心に、帰って行く人が目立ちました。

 

海外在住の、日本の状態を憂う人など、市民のスピーチが続きます。

 

人がかなり少なくなったところで、国会前の車道「開放」。人数は少なくなりましたが、集会参加者のテンションは高まります。

しばらくして、新聞社でしょうか?ヘリコプターが二機三機

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ヘリコプターを写したつもりが、どこにも写っていない!・・・

「開放」された国会前へ!写真ではじゅうぶん伝わりませんが、盛り上がりがすごい!みんなの気持ちがいっしょになって、なんともいえない、親しくかつ熱い躍動感。一人ひとりの思い、情熱、連帯感、そして「怒り」がビンビン伝わってきます

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そして感じたのですが、「セクショナリズム」あるいは「組織的な人のカタマリ」といったものがほとんどない!

この集会は、ほんとうに市民ひとりひとりが、それぞれの思いを胸に参加しているんですね。だから「親しみ」「連帯感」が生じる。暖かく、熱く、情熱の高まりがぎりぎりのところまで行って、ややアナーキーな雰囲気も。

それでいて、「暴力」はしっかり「抑制」がとれている。

(ごく一部はじけたところがあったようですが、それも「理解」できます。民衆の「怒り」がおそろしく深く、広いということがわかりましたもん。この国だからこそこれまでに「抑制」「ガマン」ができているんですよ。)

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アベはーヤメロ!今すぐヤメロー♪♪♪どんどん盛り上がっていきますが、雲行きが怪しくなり、やがてポツポツと雨が・・・

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なんとか17:00過ぎまでは持ちましたが、その後の「キャンドル」集会の人たち(女性の方が多かったようです)はもろに雨に降られてしまったようです。

雨にうたれてもキャンドルをかざしていた人たち・・・、もう尊いとしか言えませんね。(ワタシは帰途でした・・・スミマセン・・・)

 

それにしても、安倍政権に対する大きな抗議集会でのココ最近の「降水確率」の高さ、気圧異常?わたしの「お仲間」のひとりは冗談とも本気ともいえない調子で「安倍政権とその黒幕が民衆に対して“気象兵器”を使っているんじゃないか?」なんて言っていましたが、ホント、おかしな「気圧変化」はわたしでも感じ取ることができるくらいですものねえ???

 

去年の夏にはこんな「実験」?(笑)もありましたっけ。都内の一部に雹が「来襲」した「一件」。これは、その地域の公園でわたしが写したものですが、ものの見事に樹木の葉っぱが叩き落とされています

f:id:hibi333zakkan:20180415070436j:plainすごかったみたいですよね。

まあ「気象兵器」は冗談として(確実に存在するそうですが)、雨にも負けず、風にも、冬の寒さにも、夏の暑さにも嵐にも負けずに、この国と民衆のために頑張っている市民のみなさん、ほんとうにご苦労さまです。

安倍政権にも、「もうこれ以上市民のみなさんに苦労をかけないでよ」と言いたい。

 

ともあれ、帰ったら、日記に書いたとおり、雨が降った後でした。

そして、アメリカ(米英仏)によるシリアへのミサイル攻撃のニュース・・・

 

まだまだ遠い、「笑顔」の日・・・

 



昨日のブログの続きになります。

その当時の著名な知識人、文化人、趣味人として幅広い交友関係・情報網を持っていた内田魯庵は、「大逆事件」の背後に長州閥=官僚制の存在があることに既に気づいていて、日本の官僚について、同じ「自筆本 魯庵随筆」のなかで、こんな鋭い批判をしています。

 

→『一体いまの官僚輩(はい=やから)は政府と己(おのれ)ら官僚とを同一視(どういつし)しておる。

政府といふは国家を統理するオーガニゼーション(組織)で官僚輩は之(これ)に拠(よ)るの労働者である。

然(しか)るに今の官僚輩はもと幕府を倒して取って代わって天下に号令する任に当たったゆえ、恰(あたか)も政府を以(も)って戦争の戦利品の如(ごと)く心得(こころえ)、之を以って私有の世襲財産となさんとしておる。

此様(このよう)に人民に参政権を与えながら、ややもすれば人民を以って自家(じか=自分たち)の世襲財産を硯(うかが)う盗賊なるかのごとく敵視する・・・』

 

魯庵氏の文章はまだ続いていくのですが・・・、これ、本質的には戦後も同じではないですかねえ?

まあ、日本の官僚制は戦前も戦後も同じものが続いているわけですから、当たり前といえば当たり前なんですけど・・・。変わった点といえば、彼らにとっての「お上」が戦前の「天皇」から戦後は「CIA?」というか、それを握っている外国の人に代わっただけ、と、いうことなんでしょうけど。(中曽根~小泉~安倍政権のいまだからこそワカル?)

 

ともあれ、「官僚機構」と「官僚派政治家」に逆らった日本人は“やられちゃいます” ?

(戦後でいえば、「成田空港」問題もその「線上」じゃないかと思うんですよ。 建設省を握っていた党人派が、人が多く住み生活する「陸地」での空港建設は無理、として「海上」での空港建設を決定していたのを、官僚派(政権)が「人民なんて虫けらにナニ配慮してカネを使うんだァ?として、党人派の「利権」をツブスべく強引に「成田」に変更。農民に無理やり立ち退きを迫ったことから「成田紛争」が始まりました。

・・・(追われる)人民の激しい抵抗にもかかわらず、「官僚派政治屋」「官僚機構」の「圧勝」に終わったのは見ての通り・・・)

 

もうひとつこの「魯庵随筆」から抜書きさせていただきますが、こういう文章もある

 

→『・・・無智なる警官の審問を受けて無智なる判事に裁判せられたる幸徳輩二十何人の所謂(いわゆる)無政府主義者の大逆なるものが果たして真実であろう乎(か)。

三宅君、犬養君、島田君、福本君、徳富蘆花君、皆(みな)之(これ)を疑う人である』

 

三宅君は三宅雪嶺徳富蘆花は言わずもがな、あとの三人は「政党派」の代議士。

犬養=犬養毅の名前があることに注目したいですね。

 

のちに、犬養毅は最後の「政党派」の大物として、軍の中国侵攻などに反対していましたが5.15事件で暗殺されました。

なお、この大逆事件のころの政党派の大物といえば、原敬で、桂内閣などと鋭く対立していましたが、この人も現職首相時に暗殺されています。

 

これまでわたしは5.15事件と2.26事件を「同系統」のものとして見ていたのですが、この「魯庵随筆」を読んでから、見方が変わりました。

 

2.26事件では多くの青年将校が処刑されましたが、5.15事件ではゼロ。みんな比較的軽い刑で済んでいます。

5.15事件では現職の首相(犬養毅)が殺されているんですけどね。また、此のときの“主要暗殺ターゲット”には2.26事件でその「首謀者」の一人として処刑された民間人が含まれていました。

 

実際に「決起」した青年将校・兵士の思いとは別に5.15事件の背後には犬養政党政治をつぶそうという「黒幕」の存在があったのではないでしょうか?(黒幕・・・官僚派)

犬養毅が「話せばわかる」と兵士たちに言ったのは、そういう背景があったからだと思います。

ともあれ、犬養の暗殺に依って政党政治は低迷し、これ以降(敗戦までは)「首相」を狙える人材は現れませんでした。

 

5.15事件は政党派をつぶしたから処刑者ゼロ。2.26事件は「政党派壊滅」のあとに起こした、官僚派を激怒させるものになったから大量処刑。

 

大ざっぱには・・・背後はさらに複雑だとは思うんですけどね。

 

あと大逆事件を担当した「検事」平沼騏一郎の存在とか・・・(平沼は東京大学法学部を主席で卒業した検察官僚。のちに「首相」にまで登りつめるが、西園寺には蛇蝎のごとく嫌われていて、平沼は最後まで西園寺を罵りつづけていたとか。戦後A級戦犯として終身刑。治療釈放の後、死去)

 

大逆事件」は現代日本に生きるわれわれの課題とつながっているんですよ。単なる過去の出来事ではありません。

 

人民に恐怖を与えて支配・コントロールするための「官僚派」の武器としての「死刑」についてはまた触れることがあると思います。

 

いまやっている「改憲」推進が「官僚派」によるものであることは、「反自由民主党」?の原案や安倍内閣の「やり方」を見ても明白だと思います。

 

(いま官僚派内部では「アベ使えねー」となっているみたいですけどね(笑)やっぱ官僚派は原則「東京大学法学部」でなくちゃ?ということでしょう?)